暗中模索

大学在学中に一応研究対象だったジョージ・オーウェルの文章の中で、確か彼が「人生で大事なのは、人生に敗れて敗北する勇気を持つこと。」といったような趣旨の発言をしていたように思う。そんなことに影響されてか、僕は今負け続けている。今、この瞬間もこうして敗北をかみしめている。今日から毎日に近いペースで、どうしようもない散文を書いていこうと思う。

2020年の3月に大学を卒業した。早稲田大学という、日本では一通り名の知れた大学だろう。だが僕は、それから色々あって就職はしていない、いや、できていない。

なぜここまで来てしまったのだろうか。まず、大学に受かって通い出してから大学に対して「こんなものか。」という軽い失望と言うかディサポイントがあった。まあ、しかしこれも後付けである。実際本当に自分の知りたいことや、自分の真意と向き合って来なかった私にとって、自分で何かを考えて追及していく「自由」という大海原は、あまりに広大で溺れるには十分だった。

たしかに、失望があったのは事実だ。僕は偏差値45の状態から浪人し、10か月で偏差値を30近く上げて早稲田大学に合格した。誇りがあったし、「自分は勉強ができる」という考えが強まった。まあしかし簡単にいえばタカをくくり、ナメたのだった。大学に入ると、二外と呼ばれる、第二外国語の授業が週に4回もある。そこでまた新しい言語を「教わる」のだ。だが、自分で勉強できると過信している僕にとって、これは退屈極まりないことだった。元来小学生の頃から、授業中イスにじっと座ってられない僕にとって、集中して授業を一方的に聞くというのは、かなりしんどかった。

まあしかし、そんなことがあっても自分で何かを探しエネルギーを注ぐことはできたはずだ。つまらない授業の文句を言うのでなく、自分で「これだ」と思えるものを追求して日々を充実させることはできただろう。そうならなかった理由として、他にも受験で悪化した不健康や不健全な精神など、言い訳となりそうなものはいくらかあげることはできるが、所詮言い訳だ。結局物事はああなるしかなかった。なるようにしてなった、ということだ。まあ、今になって思うが、こうした物事の理解ができていることは、ありがたいし生涯大切な考えになると思う。

今、学習支援の現場で、僕たちは子どもに対してあれこれできるように錯覚してしまうが、別に子どもに限らず、人が人にしてやれることなんてない。その本人の持っているものをいかに曇らせず、気づかせてあげられるか、これくらいのことだろう。

なので、僕も過去のことを無意味に考えるのは、文字通り無意味であることを知っている。結局なるようにしてなったわけだし、そういうことを経験するために生まれてきたのだろう。ただ、過去の解釈を変えることはできるし、今に都合良く考えることは別に許されるだろう。

近頃はNPO法人の懇談会で知り合った自治体の議員の方や、同じ社会問題などに関心のある同世代、大学生などの仲間たちと、色々なテーマを軸に話し合いをしている。そうした機会が、私に生きがいを与えてくれている一つだ。私たちは中々良いことを話し合えている自負がある。今度、我々のような若者が、この社会を、日本を牽引していくんだろう。何か社会が明るくなる契機をつくりたい。

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