と言いつつブログで共有。新幹線はトンネルがたいぎゃ多かけん嫌ばい。(熊本弁は宇土市で海苔漁をやっている間5日間のリスニングと文法の整理、スピーキングなどの学習で少し覚えた。エセじゃなく嫌味がなく自然に出てるねと評価もされた^^自然でもないのだが。)
ご覧のような荷物で総重量23kgくらいだと思う。一度学生の頃登山サークルで北アルプスを登る時、ザックが27kgだったことがある。あれは確か白馬岳。登山なめとんのかー!Σ(-᷅_-᷄๑)
熊本駅で大きなスーツケースをスイスを転がす女性を見て、「あれ?スーツケースの方が楽かな?」とか考えた。ただ、スーツケースを引っ張るのは不均等な負荷がかかって身体に悪いとかつて聞いたことがある。それが頭にあることもあり、これまでザックでしか旅行したことがない。
熊本の人は東京に比べると話し方や動作がゆったりしていて、フレンドリーな気がする。店員でも店で隣に座った人でも、よく話しかけてくれる。カフェの店員さんに海苔漁の話をしたら、店員さんの親御さんも沖新(熊本県熊本市西区)から海苔を取り寄せていると言いとらした。
さて、五日間の海苔漁の仕事を終えた。これについても色々考えて書きたいことあるが、また今度に。これまで健康ヲタクな観点から「食」、「自然」、「一次産業」についても少し考えてきたが、前回の昆布漁や今回の海苔漁で自分が体験したことにより、少しだけ他の面も見えて考えられるようになった。また考えて体験して感じて、自分なりの観点を書いていきたいと思います^ ^
そんなこんなで海苔漁を終え、今朝そそくさと始発で肥後長浜駅を後にした。肥後長浜駅から熊本駅までは30分ほど。熊本駅のカフェで時間を潰し、お土産を少しテキトーに買って新幹線の時間を待った。
お土産と言うのは少し嫌だ。と言うのは、その土地の土産のはずでも、原材料を見れば違う産地はおろか外国産の場合もあるし、化学調味料とかトランス脂肪酸とか、身体に良いか悪いかは置いといても「いやいや、そんなんじゃなくて素の原料と味で勝負しろや!」と思ってしまうものも多い。あとね、毎回考えてお土産を買うのも大変だし、俺は色々な所に行っているのもあって、お土産をあげるばっかりでお金もかかるわ報われないで少しアホらしくなる。
今回海苔漁の時に海苔のお土産を漁師さんから貰った。「家族にも食わせてやれ。」と言う思いが漁師さんにはあった。これこそが本当のお土産のような気もする。テキトーに帰りに土産屋で、縁もゆかりもない大量生産品を買うのは何かしっくりこない。東京でも買えるかもしれないしね。ま、こんなことを真面目に考えて力説する奴も暇よのお!^ ^
新幹線も嫌だ。前述したようにトンネルが多いからだ。トンネルが多いから嫌だ言うのは、うるさいし、圧力が耳にかかるから。乗って享受しておいてワガママを言っているのだけど、そのワガママを頑張って論理立てて正当化(屁理屈?w)してみたい。トンネルが多いと言うことは、なるべく早く行きたい、線路を短くしたいと言う人間のエゴで、山を切り開いているということ。そして、かつて例えば江戸時代にも人々は生涯に一度はお伊勢参りなど、今でいえば旅行をしていたという。その頃は何日もかけて、道中楽しみながら余裕を持って旅行していた。今は、例えば新幹線で行くことによって、旅行の時間はわずか数時間にも短縮された。じゃ、それで削れた時間で人は何をしているかと思えば、多くは仕事なんじゃないかな?これだと、自然にも自分の人生にもゆとりがなくなってきている気がする。(もっと言うと、自然を切り開いて開発して何かを作り続けて売り続けて消費し続けて働き続けてという資本主義の枠組み中に…誰のために?株主?🤫)
というわけで海苔漁の日焼け(長袖と手袋のわずかな隙間!)で、北海道の新千歳空港限定土産の『開拓の詩』(旧名: 『ラララクッキー』)のようになった手首を携えて京都に向かう。京都に先祖の墓がある。祖父母が眠っている。紫式部が源氏物語を書いたとされる、有名な廬山寺という寺の裏の墓だ。お盆は過ぎたが、僕以外に何年も誰も墓参りに行かないし、何なら自宅の仏壇の掃除すらしない。先祖を大事にしないとバチが当たったり守ってもらえなかったりするらしい。あとは、子どもが引きこもったり上手く自立できなかったり。どんなクソな親でも毒親でも、自分の子どもにその悪口を言うのは逆効果かもしれない。だって、自分だってその血を引いているから。間接的にでも、お前はあのクソの子孫だと頭に入ってしまうと、自分の人生に対してリスペクトを持てなくなる。「どうせ俺なんか…」となるかもね。(これはうちの家を見ても自分自身を振り返ってもそう思う😔)
とまあ、新幹線は暇なわけで、つらつらと気の向くままに綴った。今日は墓参りして京都の空気を感じて、夜は中学時代の友人と呑みたい。些細なことでも考えてみると面白いし、人生に奥行きが出る。ただ流されるわけでもなく、かと言って起きている事象に「良い/悪い」、「正しい/間違い」、「すべき/してはいけない」と型にはめて固執するわけでもなく…楽しんでいきます。それでは皆さん、またお目にかかりましょう!^ ^
コメント