宮古島 タバコの収穫

露地栽培されているタバコの畑。もっと大きく、背も高くなる。後述するが、葉っぱを2,3枚ちぎって収穫する。

遅くなったが、今年の3月上旬から5月27日まで沖縄の宮古島でタバコの収穫の仕事をしていた。その時の仕事の実態について書きたいと思う。

契機

タバコの収穫の仕事の存在は、昨年の2025年の冬、みかんの仕事で愛媛にいる時に季節労働者仲間から聞いた。その知り合いは沖縄本島近くの伊江島という島で、何年かタバコの収穫の仕事をやっていたらしい。紹介もできると聞いたが、僕はなんとなくやめて自分で探すことにした。沖縄本島と石垣島以西の八重山諸島はある程度行ったことがあったので、本島と八重山の中間に位置する宮古島に行ってみたいと思った。春から初夏の間、昆布干しの仕事が始まる前に宮古島で仕事があれば、と探していた。すると好都合なことにタバコの仕事があり、待遇もそれなりに良く、早速応募した。

仕事内容

期間

仕事3月前半から6月上旬まではあった。実際に仕事が始まったのは3月15日からであり、約3か月の仕事だ。僕は5月28日に北海道でLIVEを見たり北海道の祖父母の家の草刈りを手伝ったりする予定があったので、5月27日までとさせてもらった。

内容

仕事の時間は、毎日8時から、収穫の終わる15時か17時くらいまでだった。昼前に終わることもあったが、少し長めに時間給をつけてくれたのは大変ありがたかった。

仕事は主に、大きく分けて収穫と脇芽取り、薬散布の三つがある。

①収穫

まず収穫について少し詳しく書く。AP-1という農機具に2人一組で乗り、畑の畝のタバコの葉っぱを2,3枚手でもぎ取って収穫していく。葉っぱは根元に近い下から熟れていき、畑ごとの熟れ方によって取る枚数や進捗具合が変わる。葉っぱは40㎝くらいあり、これをAP-1にセットしたブルーシートのようなシートに乗せ、9kgか12もしくは13kgになったらシートをまとめて一旦AP-1の上部などに乗せ、最後トラックに乗せる。13kgほどもあるとまあまあ重くて少し大変だ。女子も作業していたので、女子でもできる人はできる作業なんだろう。収穫は毎日あり、カッパを着て土砂降りの日でも行った。カッパは晴れていれば着なくても良いのだが、水に濡れたタバコの葉っぱのヤニはくっついて、ニコチンの毒で具合悪くなる人もいるらしい。僕も上は薄着でやっていたら、腕の肌荒れ・痒みが凄くなった。農機具のスピードはそこまで速くないし、座りながら行うのでそこまで大変ではない。ただ5月になると宮古島はかなり暑い日があり、反対に土砂降りの時は大変で寒いくらいの日もあった。ひと月に2~3回くらいしか休日がなく働いていたので、連勤がキツい人にとっては厳しいかも。ちなみに10時と15時に15分くらいずつ休憩があり、10時休憩の時は農家さんのお母さんが天ぷらやらサーターアンダギーやら、フレンチドッグやらそうめんやら色々作って持ってきてくれた。暑い日のそうめんなどは最高だった。

②脇芽取り

脇芽取りは名前の通りで、葉っぱの途中や根っこの方から生えてくる芽を取り除く作業だ。タバコの葉っぱは、一株全部で10枚以上あるが、4回ほどに分けて、一番下の葉っぱから2、3枚ずつ取っていく。取られる度にタバコは植物の本能で、生きようと途中から芽を出すが、これが脇芽となる。脇芽取りは、暑いし中腰で腰もキツいし中々大変だった。畝ごとにやっていくが、一列終わるのに脇芽が抱えきれないくらいになることもあった。脇芽といっても本体と変わらないくらい成長していて大きいものもあった。脇芽取りの時に見落としている脇芽は、収穫の時に取り除くこともあった。脇芽が多過ぎてしょっちゅうAP-1を止め、ハサミで切ることもあった。そしてどこまで徹底してやるか、話しながらやっても良いのかというような問題も浮上した。少し脱線するが、こういったことは季節労働にはつきものだ。僕はその辺りは上手くやってしまう人間だが、この脇芽取りの作業も含めて、人間関係が少し悪化するようなモーメントがあったことは記しておこう。季節労働に揉め事は割と多いが、僕のように誰とも揉めず、雇用側と仕事仲間、双方と良好な関係を築ける人間もいる。まあ自分の評価に関しては思い上がりもあるかもしれない。ただ、問題が起きるか起きないか、最終的にはその人の人間性によると僕は信じている。

③薬散布

もう一つの主たる作業の薬散布は、主にコンタクトと呼ばれる、界面活性剤と少量のアルコールを混ぜたものを、畝ごとにかけていくというもの。コンタクトを入れたタンクをAP-1に積み、ホースを最大で5つ繋いで5人で行っていた。一挙に5畝ずつ進んでいける。このコンタクトは、脇芽の成長を抑制する効果があるらしい。といっても、脇芽の新芽にしか効かないので、成長してしまった脇芽は脇芽取りで取り除く必要があった。コンタクトと脇芽取りをやれば、理論上は脇芽はなくなるはず・・・だが、人間の仕事のためそう上手くはいかない。薬散布は比較的楽で、この作業が入ると一日の時間の流れが速く感じるようで、他の労働者からも好評だった。ちなみにコンタクトは白色の液体で、匂いも少しカルピスに近いような洗剤に近いような独特なものだった。手袋に浸透すると洗っても中々取れない。

待遇

仕事の待遇についても書いておこう。時給制で時給は1,500円だった。農作業としてはかなり高額だった。作業は8時から15時もしくは17時くらいまで行った。一日平均すると10,000円を少し超えるくらいかな。交通費は出ず、家賃は光熱費込みで毎月15,000円かかる。1泊約500円換算か。食費もガソリン代も出ない。給料は割と高めだが、あとは自分たちで何とかしてくれという感じなのかな。給与は半月ごと15日と月末締めで、翌々日には手渡しで支払われた。ひと月28万円くらい頂いたかな。僕は5月27日に帰るまで、恐らく65万円以上は稼がせてもらった。

また、職場の畑まで距離があるので、車を貸してもらえた。この車に関しても、僕ともう一人の労働者の車で何度か問題が起きたのだが、車を代えてもらい最終的には解決した。最終的には。ガソリン代は自分持ちで、当時中東情勢の悪化により、宮古島ではリッター200円越えになることもあってキツかった。だけど、自由に観光できるのはありがたく楽しかった。

※ ちなみに僕の車は泊っているコンテナハウスの民宿のオーナーが農家さんに貸していたもので、一台目はとにかく古くて汚くて走らなかった。後部座席の下にはカタツムリの殻がたくさん転がっており、上り坂に入ると30kmもでない。そしてある朝走ろうと思ったらガソリンが1メモリ減っていた。僕は「あー、車にも基礎代謝があるんだな、そんなマッチョな車じゃないが。」と思った。ガソリンが漏れていたのかもしれない。オーナーに相談したら、代車が来た。一台目の車は廃車になっていた。おいっ!

宿舎は民宿の中にあるコンテナハウスだった。湿気が凄いので、カビ対策のため常に除湿していた。コンテナハウスの中には、ベッド、テレビ、小さな棚くらいしかなかった。コンテナの金属が腐食しており、空いた穴から虫が不法侵入して来ることもあった。僕はゴキブリたちに「他のどこに出ても殺さない代わりに、この部屋だけには出ないでくれ。」と諭した。はたしてゴキブリは部屋の中に出なかった。奴らも言葉が分かるのかもしれない。シャワーや炊事はそれ用の別のコンテナがあり、そこで行う。調理道具は持って行ったが食器などはなく、島の100円ショップで買った。コンテナハウスのキッチンは狭く、調理するのも中々大変な環境だった。仕事仲間は自炊せず、買ったもので済ませていた。潔癖症の人には中々厳しいかもしれない。コンテナハウス内で食事を取るのも、匂いがついたり大変な面はあるだろう。他のコンテナハウスには製糖工場勤務の外国人や、生活保護受給者らしき高齢の方、近くの飲食店勤務の変なおじさんなどが住んでいた。そこら中に唾を吐くなどマナーが悪かったり、ちょっとしたことで機嫌を悪くするなど変な人が多かった。僕は必要以上に不必要な人間関係を築かないように心掛けた。民宿の敷地内にはカエル、ヤモリ、アシダカグモ、ハエ、ゴキブリなどたくさんのフレンズがおり、そういったことも含めてキツい人にはキツい環境だと思う。また、雨の日は水はけが悪く、シャワーやキッチンに行くのも一苦労だった。

待遇に関して総括すると大変良くありがたかった。宮古島は離島ということもあり少し物価も高いし、ガソリン代も高かったので大変な面はあったが、島マグロ(多分キハダマグロとかの幼魚?)や地元のモズクなど、工夫して美味しくリーズナブルに食生活をする楽しみもあった。仕事の時も毎日間食を頂けて、この機会に少し増量しようと思っていた当時の私にとってはありがたかった。車を貸してもらえたのも大きく、昨年免許をとったばかりだったが、島の中を観光しながら運転の練習もできた。ちなみに宮古島の人たちは運転が下手で危ない人も多く、僕が滞在しているたった2か月半くらいの間に3回も事故を目撃した。特に観光客と地元の人の間での事故が多いようだ。観光する際は十分気をつけてほしい。待遇の話に戻ると、休日も少ないながら何日かはあり、隣の伊良部島の綺麗な海に行ったり、同僚とカフェ巡りをしたり、星空を見に行ったり楽しむことができた。宮古島に行ってみたい、暖かいところで春先の季節労働先を探している、といった人たちにはお勧めできるかもしれない。島としては、僕は正直あまり好きになれなかったが、総じて味わい深い経験となった。

次の記事では、宮古島での生活について書くか、他のこと、その後の利尻島のことを書くか色々迷っている。

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