サイハテ村に来ています。DAY8 教育環境

サイハテ村に来て、一週間が過ぎています。本日雨の予報でしたが、曇り時々晴れとなり、気温も27℃まで上がりました。風があるからまだ良いですね。

風邪を引きました。僕は滅多に風邪は引かず、サイハテ村でもこの前から他の方が風邪を引かれていた際にも、自分は引かないと豪語していたのですが、ガッツリ貰ってしまったようです。今ゲストハウスの中は風邪が流行ってますね。皆で免疫ゲットです!

サイハテ村と教育 ー現状についてー

ということで、本日は布団の上でダウンしていることが多かったです。子どもたちは風邪を引いても元気に遊びまわっていますね。ここサイハテ村には、教育や自然、もっというと「本質」というものに目を向けておられる親御さんが集まっておられます。現在の資本主義体制はもちろん、そこで作られる食べ物や住環境、社会というものに違和感のある方が多い印象です。そしてそういったことに関して、それぞれの観点からお互いに興味を持って会話が進むのでとても面白いです。

ここに移住されているある住民の方は、3.11以降お子さんの放射能被爆を憂いて東京から移住されたようです。実際に鼻血が出るなどの症状があったとか。僕も震災当時中学3年生でしたが、東京で間違いなく被爆していると思います。その住民の方はお子さんを守るために移住されたのです。本当に大変な話です。そんなものないと思っている方も未だにいらっしゃるでしょうし、確かに目に見えないものだし、あまり影響を受けてないと感じる方もいらっしゃるでしょう。人間、自分が経験しないと本当には分からないものです。経験しても、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で、その時の感覚をいつまでも持ち続けることはできません。そのため、色々な人と話し合って、他の人の立場を考えられるようになったり、起きたことを忘れないようにしたりするのですね。

さて、ここにいると教育のことを改めて考えさせられます。僕は昨年度末に、学習支援をしているNPO法人を一度辞めました。子どもを騙して大人のしょうもない世界に招き入れている気がして嫌になった、というのが曖昧ながら一番大きい理由です。NPO法人の他に、元々その法人にいられた方が創った週一の無料塾も手伝っていましたが、そちらも所属していたNPO法人と同じように、学校の勉強のサポートや、受験に向けた対策が主な事業でした。しかし、受験や今の教育制度がベースになっているものだけでは、子どもに「自由」はないのではないかと思っていました。「頑張って勉強して、何とか大学までいけたね。良かった、あとは就職だね。」というのは、「頑張って訓練して軍に入った、良かった。あとは実戦だね。」と言っているのに近いかもしれません。残念ながら、そのくらい命を削る社会でもあるのですよね。実際日本の教育は戦前からそれほど変わっておらず、従順で無思考な軍人を育てるものに近い面はあるでしょう。ちょいと脱線になりますが、僕はこの疫病下で、正直「一体この大人たち、先生たちは、マスクやらワクチンやらを本当に考えて自分もやって、子どもにもさせているのか?」と疑問を持っていました。これを大した話でないと思うのであれば、それは精神的に病んでいると僕は思います。

話は戻りますが、ここサイハテ村では人々が市場の原理、資本主義の仕組みの外で動く部分も多く、自給自足的だったりギブアンドテイクの世界観だったりがあります。そして、色々自由な大人が活動しており、子どもたちはいつも交流して色々な価値観に触れています。僕もここに来て、東京で嫌気がさして脳内で漠然と思い描いていた「そうじゃない世界」が少し見られています。

「自由」ということに関して、子どもは親の庇護下にあり、自分で何でもできるわけではありません。親が、例えば健康のことを顧みずに育てた場合、子どもは病気になってしまうかもしれませんね。ただ、それに関しても「良い/悪い」と二元的な価値観で考えるのは本質でないかもしれません。例えば僕も高校生くらいの時など体調をかなり崩したこともありましたが、その経験があって食や農、その背景にある資本主義体制の問題など色々なことに関心を持つことになりました。これ、関心を持ったから良いという話ではありません。もし仮に、その後も不調が治らず、世の中や人を恨んで生きたとしても、それはそれで「そういうことを知るために生まれて来た」のかもしれませんね。それこそ昨日のスピリチュアル的な話のように聞こえますが、実際起きている物事自体に「善/悪」「良い/悪い」はありませんよね?人間が勝手にそう決めているだけなのです。

サイハテ村と教育 ー教育の意味ー

サイハテ村で子育てをされている親御さんの一人は、「ここがもう現実離れした場所だから、子どもにはむしろ学校に行って、世の中の『普通』を知ってほしい。」と考えておられます。確かに、自給自足的で物々交換的で、自然の多いコミュニティが社会全体に広がることは理想かもしれませんが、現実としてはまだまだ資本主義的な都会の世界が広がっています。親御さんたちはお子さんに、「別に嫌なら学校に行かなくても良い。」と伝えているそうです。二つの両方の世界を知って自由に選択できることが、今は重要になりそうですね。その橋渡し的な役割に、僕ら大人はなっていくのかもしれないと思います。その環境を整えるのは大人の役目ですからね。

さて、夜キャンプファイヤーを囲みながら、遊びに来られている親御さんたちともお話しました。三人組で来られている方々は、今お子さんがいらっしゃり、既存の教育に違和感があるためフリースクールを探されているらしいです。フリースクールを探しに日本の色々なところを見られているようで、その一環でこのサイハテ村の様子も見に来られているようです。。シュタイナー教育など、僕も聞いたことがあるワードが飛び交っていました。三人のうち一人の方に、「今の社会の、教育の何が問題だと思うか?どうしたいか?」といったような趣旨の質問をされ、考えた末に僕は「心」と答えました。ルール、マナー、法律なども、まずは「こうしたい」「これは嫌だ」といった人の声があり、その中で数の多いものが採用されてルールなどになっていきますよね。しかし、それがないまま、「~すべき」が最初に来てしまい、それに対して例えば子どもが「何で?」と聞いた時に「とにかくルールだからそうなんだ、従え!」となってしまうと、子どもは萎縮したり、グレたり、大人の前では良い子ぶったりします。ルールに盲従するように伝える大人も、かつては子どもだったわけです。つまり、考えなくさせる教育、社会が功を奏してしまっているわけですね。皮肉ですよ(^^;)

子どもも成長する過程で、ケンカをしたり怒られたりします。その際に、親御さんもご自身の「心」を大事にされてほしいと思います。感情的に怒るのでもなく、ルールで線引きして縛るのでもなく、全く無関心に放置するのでもなく、「こうこうこうだから、自分はこう思う、こう感じた。」というのを、まずは親御さんが大事にして、子どもに伝えてほしいと思います。人がどう感じたかを知ったうえで、自分はどうするのかを子どもに考えさせることは重要です。自分の内心と言葉に違いがあると、子どもにもそれが伝わってしまいます。やはり、偽らない本当の「心」が、教育の中でも大事になっていくと思います。その上で、「全ての物事はなるようになる。」安心して今日を生きましょう!

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